『天理教の時間「家族円満」』のカバーアート

天理教の時間「家族円満」

天理教の時間「家族円満」

著者: TENRIKYO
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概要

心のつかい方を見直してみませんか?天理教の教えに基づいた"家族円満"のヒントをお届けします。 スピリチュアリティ
エピソード
  • おつとめメンドクサイ…
    2026/02/27
    おつとめメンドクサイ… 岡山県在住  山﨑 石根 2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。岡山は震源地から遠く離れていたので、当初はあまり気にかけていなかったのですが、事態は刻一刻と悪化していき、私たちはメディアを通して、その被害の尋常でない様を目の当たりにすることになりました。 ちょうど翌日の12日は、当教会で「おとまり会」という子どもを対象にした行事がありました。参加してくれた小学生たちと一緒に夜の時間を過ごしたのですが、テレビは震災の報道ばかりで、原発事故に関する緊急発表などもあり、みんなでただならぬ空気を感じていたことをよく覚えています。 あの日、あの時、あの頃、恐らく日本の多くの方が、大きな不安と共に落ち着かない日々を過ごし、「被災地のために何かしたい、何かしなければ」と思いながらも、何も出来ないことへの焦燥感や無力感を抱いたのではないかと思います。そして、世の中は忽ち自粛モードになりました。 天理教教会本部では、翌日からすぐに「お願いづとめ」がつとめられました。また、12日、13日、14日の三日間、教会本部にならい、国々所々の教会でも、正午に時間を合わせて真実を込めたお願いづとめがつとめられ、私も一生懸命祈りました。 震災から二か月が経った5月12日から16日、私は招集を受け、被災地を訪れました。これは「天理教災害救援対策本部」のもとで実施された取り組みで、被災地において特に子ども達を元気づける活動をするため、天理教の中で学生や子ども達のお世話に携わっているメンバーでいくつかのチームが結成されたのです。私は以前、児童養護施設で心理職として勤務していた経験から声がかかり、被災地で「子ども会」を開催するチームに加えて頂きました。 私たちのチームは6名でしたが、折り紙やバルーンアートが得意な方、プロのマジシャンとして活躍している方、ピアノが得意でリトミックが出来る方など、頼もしいメンバーばかりでした。私たちは、「天理教災害救援ひのきしん隊」という、現地で具体的な支援活動をされている方々と同じ宿営地に宿泊し、期間中、一つの保育所と六つの避難所で実動しました。 具体的には、避難所の子ども達と90分ほどの時間枠でとにかく元気に遊ぶプログラムを組みました。バルーンアートや折り紙から始め、大縄跳びやボール遊びなど身体を使った外遊びに展開していき、最後はマジックを披露し、避難所生活のストレスを解消してもらうことを目指しました。 どの避難所でも、不自由な環境で避難生活を送っておられることに、胸が痛みました。私たちが出来たことは本当に些細な活動でしかなかったのですが、子ども達が思いっきり遊び、それを見ている大人の方々が笑顔になる、それだけでこちらの気持ちも救われました。 私たち自身ももちろん緊張もしますし、感情が大きく揺れ動きます。避難所から避難所へ移動する時には、被災地の衝撃的な辛い現状を目の当たりにするので、活動に際して気持ちのオン・オフが非常に難しかったのを覚えています。 一か所だけ訪れた保育所では、自分たちのほうが辛い立場にあるはずの子ども達が、「さんぽ」と「ありがとうの花」という手話を用いた歌を、私たちへのお礼としてプレゼントしてくれ、涙をこらえるのに必死でした。 特に私は、当時、我が子が4歳と2歳でちょうど同年代でしたので、あまりにも身近に感じてしまい、励ます側が励ましてもらっているような状況に、何だか後ろめたさまで感じてしまいました。 最後には園長先生が、「天理教さんには救援物資をたくさん頂き、炊き出しもずっとして下さり、今日は心の栄養まで頂きました」という言葉を下さり、それに支えられたような心持ちでした。 被災地から帰宅した私は、教会の信者さん方にこの時の報告をしました。原稿にまとめて話すつもりだったのですが、いざ言葉にすると、涙があふれて止まらなくなり、うまく伝えられなかったのです。それは、自分がしてきたことがあまりに小さく、何も出来なかったのではないかという申し訳なさを感じていたからだと思います。 ...
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  • 事故で喜べた話
    2026/02/20
    事故で喜べた話 福岡県在住  内山 真太朗 私がお預かりしている教会につながる、天理の高校に通う男の子から、「学校を辞めたい」という相談がありました。一年生の夏が過ぎた辺りから精神的にしんどくなり、学校に行けなくなってしまったとのこと。 それでも何とか頑張って続けてもらいたいと、彼と話をするためにおぢばへ帰り面会しましたが、見るからに病んでしまっている様子。聞けば、精神科に通院しているといい、学校もこれ以上休めば二年生への進級は出来ないという所まで来ていました。私はこの状態では退学もやむを得ないだろうと思い、今後の相談をさせて頂くために学校と連絡を取りました。 先生方との面談まで少し時間があったので、本部神殿前の駐車場に車をとめ、参拝をしました。参拝を終え、駐車場に戻り車を発進させた途端、横から来た車とぶつかってしまいました。相手の方の無事を確認し、警察を呼んで事故処理をしてもらいましたが、車のフロント部分がぐちゃぐちゃに潰れてしまい、これはしばらく地元には帰れないのではと思いました。 警察の人に確認すると、「ライトも付くし車も動くので、大丈夫ですよ」と言われ安心しました。しかし、若者の人生を左右するこの大事な時に、神様のお鎮まり下さるおぢばの目の前で事故を起こしてしまい、これは何か神様からのメッセージが込められていると思わずにはいられませんでした。 真っ先に考えたのは、車が前進している時に事故を起こしたということは、自分は今、彼に学校を辞めさせようと思っているけれど、それを神様がお止めになっているのではないだろうかと。しかし、どう考えても今の状況では再び学校に通うことは出来そうにありません。 判断に困った私は、大教会長様にお伺いしてみようと、すぐに電話で連絡を取りました。学生本人の状況と私が起こした事故までの一連を報告したところ、このようにお話し下さいました。 「それは恐らく、車がその子の身代わりになったんだと思う。このままいけば、その子は自ら命を絶っていたかもしれない。そこを車が代わりに潰れてくれたんだから、神様から命をつないで頂いたと悟って、前を向いていこう」 なるほど、私の中には全くなかった悟りをお話し頂きました。ただ、心の中では、「車は完全に潰れたわけじゃないし、このまま地元まで帰れそうだしな…」と、大教会長様のお話に対して若干疑いの心がありました。 結果的に、その日の話し合いで学校を中退することが決まり、そのまま地元の福岡へ連れて帰ることになりました。 車の後部座席いっぱいに彼の荷物を積み、その日のうちにフェリーに乗り、翌朝福岡に到着しました。港に着いて、彼を助手席に乗せ高速道路を走っていた時です。前の車が急にブレーキをかけたので、やばい!ぶつかる!と思い、すぐにブレーキを踏み、何とかギリギリぶつからずに停止しました。と思った瞬間、後ろからドーンッ!と追突され、その反動で前の車にぶつかり、私の車は横転してしまいました。 とっさに、「あ、これ、命が終わるかな?」と覚悟しました。ところが、「あれ?どこも痛くない…」助手席の彼に「大丈夫か?」と聞くと、「大丈夫です」と言うので、「よし、脱出するぞ!」と、横転した車のドアを二人がかりでこじ開け、何とか外に出ることが出来ました。 車の上から状況を見ると、四台が絡む玉突き事故。私の車は大破し、今度は完全に再起不能となってしまいました。しかし、乗っていた私たち二人は身体のどこにも痛みがなく、無傷でした。幸い、車のうしろに満タンに積んでいた荷物がクッションとなり、割れたガラスの破片からもガードしてくれ、傷一つ負わずに済んだのです。 その時、ハッと、前日に大教会長様から言われたことを思い出しました。 「車が身代わりに…」まさにたった今、車が身代わりになって命をたすけて頂いたのです。自分の車が大破しているという絶望的な現実を前にしても、なぜか私の心はとても明るかった。命を与えて頂けたんだ、有り難い!と心底思うことが出来ました。 そして彼には、「私...
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  • 楽しい夏のセミナー
    2026/02/13
    楽しい夏のセミナー フランス在住  長谷川 善久 天理教の教会では、親子三世代が一緒に暮らしている様子は、割とどこにでもあるものだと思います。しかし、日本とフランスにおける三世代同居の割合を調べてみると、日本が9.4%、フランスではわずか1%ほどであり、かつどちらの国も年々減少傾向にあるようです。 おじいちゃん、おばあちゃんが孫と一緒に平穏な日々を過ごす天理教の教会は、そのライフスタイルだけをとっても、社会的に希少価値が高まっていることが分かります。 フランスにあるヨーロッパ出張所も大所帯で生活しています。現在、同じ敷地内で寝食を共にしているスタッフは、上は50代後半から下は1歳まで、一家族、一夫婦、6人の独身者の計13人が暮らしています。ここに日中は外から通う70代後半のひのきしん者が一人、30代の勤務者が一人加わって、毎日神様の御用を賑やかにつとめています。 正直に言って、このような共同生活ではストレスも溜まりやすいもの。まして日本人が外国に住んでいるのですからなおさらです。それだけに、普段から生活の意識を自分中心に置くのではなく、親神様、教祖を中心にして、人様をしっかりと内側に引き寄せる努力が大切になってきます。 お互いに関心を持ち合い、ささいなことからでも、温かいコミュニケーションを通して信頼関係を保つことは欠かせません。私も所長の務めとして、お互いが自然に円滑に触れ合えるような雰囲気を作り上げることを、絶えず意識しています。 色々と苦労は絶えませんが、最近の社会学や心理学の研究でも、「共同生活は人々の幸福感に良い影響を与える」と分かってきたように、実際、私自身の経験からもこの説に間違いはないと思っています。 そんな、ストレスも溜まれば幸福感も高まる共同生活空間である出張所を会場に、昨年の夏、宿泊型の教理セミナーが開催されました。 一週間にわたる授業では、形式にとらわれることなく、生徒は疑問に思ったことはいつでも質問ができます。また、教え方も講師の自由裁量を認めていて、例えば教祖の道すがらについては、劇画『教祖物語』の場面描写を用いた授業もありました。 私が講師を担当した『みかぐらうた』では、お歌の意味の理解に加えて、受講生が一人で歌えるようになることを目標にした、日本人に対してはやらないであろう指導を行いました。 と言うのも、フランスでもみかぐらうたは日本語で歌われており、フランス人には簡単には覚えられません。参拝に来るほとんどの方は、翻訳冊子を見れば意味は理解出来ますが、日本人信者のように自信を持って歌うことは難しいのです。 もし一人ひとりが、鳴物に合わせてみかぐらうたを歌う事が出来るようになれば、彼らももっと、おつとめに心を込めることが出来るようになり、月に一度の月次祭も楽しく参拝出来るのではないかと思いついたのです。 そこで、日本語が出来ないのに、日本のアニメソングをカラオケで上手に歌う外国人にヒントを得て、独自にみかぐらうたのカラオケを作成しました。そして、授業では一人ずつ何度も何度も繰り返し歌いながら、言葉の意味は同時に理解出来なくても、教祖が教えられた言葉の響きや調べを身体で感じてもらうよう努めたのです。人生で一度もカラオケに行ったことがないという人もいましたが、勇気を出して一人で歌ってもらいました。 そのようなセミナーの初級クラス参加者5名の中に、子供のない高齢者夫婦がいました。この夫婦は古くから出張所にご縁があり、一度おぢばがえりしたこともあったのですが、旦那さんの気難しい性格と様々な状況が重なり、信仰に対して距離を取る時間が長く続いていたのです。 そんな夫婦でしたので、セミナーに参加されると聞いた時は、もしかしたら旦那さんによって、場が乱されるような展開があるかも知れないと、若干の不安が頭をよぎりました。 セミナーでは、朝、昼、夜の三食を講師やスタッフも受講生に混ざって一緒にとります。毎食20名以上が一緒に食べる賑やかな時間となっていました。普段は二人だけで過ごしているこの夫婦...
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